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最近、埋まるのがどんどん早くなって
くるなあ。んじゃ次、行きましょう。
朝顔です。朝顔につるべとられてもら
い水。加賀千代女です。起きてみつ寝て
みつ蚊帳のひろさかな。
日蓮系宗教は、昭和初期を中心に国家神道の時代には天照大神を法華経の下においているなどの理由で弾圧を受
けています。天照大神を脇書きした本尊の曼陀羅が、不敬とされ非合法化されたこともあったようです。それと
同時に日蓮系宗教の一種のブームが起こりました。日蓮系の国粋主義的で政治的な面と、国立戒壇など国家神道
に対立する「革新的」な面が時代の風潮に合致したためでしょう。日蓮宗が中国からインドへと広宣流布してい
くという思想は、ひとつ間違えれば侵略イデオロギーへと転化する危険性があります。また、日蓮系特有の直接
行動指向が要人へのテロ活動へと発展した教団もありました。実際、昭和初期の右翼政治事件の多くに日蓮系宗
教が密接に関わっています。いくつか例を挙げましょう。二・二六事件の北一輝。血盟団事件の井上日昭。満州
事変の黒幕石原莞爾。死のう団事件。田中智学の国柱会などすべて日蓮系です。ただしこれらは日蓮宗系で、日
蓮正宗は関わっていないようです。
創価学会(当時は創価教育学会)は、小学校校長であった牧口常三郎が発表した教育理論である価値論と日蓮正
宗教学を接合し、1930年に創設されました。日蓮正宗はそれぞれの寺に信徒団体である『講』をもうけてい
ます。創価学会は、日蓮正宗の講のひとつとして誕生したのです。また、後に日本最大の宗教団体に成長したと
きでさえ、創価学会は独自に宗教法人の認証を受けながらも立場的には日蓮正宗の講のひとつにすぎませんでし
た。戦前の創価教育学会は、教育関係者を中心に数千人程度の勢力を得ていたようです。しかし、昭和18年に
は国家が日蓮正宗を信じなければ戦争に勝てないと主張し神札を祭ることを拒否したため、会長をはじめ数十名
の幹部が投獄され壊滅してしまいました。創価学会以外の法華講も不敬罪などの弾圧を受けています。日蓮正宗
本体は国家による日蓮宗合同は拒否したものの、神札は受け取るだけ受け取るといった融和的な態度をとり弾圧
を免れたようです。しかし、寺を宿舎にしていた軍属に火事を起こされ、管長が焼死しています。
よく創価学会は、戦争に反対したため大弾圧を受けたと宣伝します。これは事実ではありません。神札を祭るこ
とを拒否しましたが戦争自体に反対したわけではなく、戦勝祈願なども行っています。また、宗門の指導を受け
て神札を受けるという通牒を出したという説もあります。弾圧の程度も数十名の幹部が投獄された程度で、一万
人以上が検挙され百人以上の拷問死や獄死者を出した共産党や、天皇崇拝を拒否したため数千人の信者が根こそ
ぎ逮捕され官憲に宗教施設が爆破された大本教に比べればそれほど激しいとはいえないものでした。また、牧口
会長と後の2代会長戸田城聖の2人以外は、転向して釈放されたようです。
終戦を迎えると、獄死した牧口初代会長のあとを継いだ戸田二代会長のもと、創価学会は爆発的に成長します。
これは当時の社会情勢など様々な要因があったと考えられます。創価学会が組織化した主要な社会階層は、大都
市の下層中産階級あるいはルンペンプロレタリアと呼ばれる人たちでした。労働組合など存在し得ない小規模工
場の工員や、いつつぶれてもおかしくない街の小商店主などです。
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でもアク禁をすると関西方面イオネットやDTIのひと書き込めないしなぁ・・
よく初期の創価学会が軍隊式の組織であったといわれますが、これも労働組合の組織論の模倣から始まったよう
です。下層中産階級が主体となった組織の特徴として、強烈な反共意識、指導者崇拝、行動の極端性なども挙げ
られるでしょう。また、良く言えば柔軟、悪くとれば無節操な機会主義的な行動をとります。全共闘運動が流行
するとゲバスタイルの新学同を旗揚げしてみたり、人権論がもてはやされると「人権の世紀」などと言い出すの
も下層中産階級が主体となった組織に強い機会主義の表れに思えます。中小企業の未組織労働者の組織化を課題
とし、そのため創価学会と競合関係にあった労働組合は、創価学会を「ファシズム前駆運動」規定しています。
そこまでいえるかは疑問ですが、そのような側面があることは否定できません。
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戸田城聖2代会長死後3年を経て1960年に3代会長に就任した池田大作氏のもと、創価学会はさらに勢力を
伸ばします。この池田大作3代会長に関しては経歴に不明な点も多いのですが、戸田城聖2代会長の経営してい
た街金融会社で資金回収などの仕事に従事していたようです。3年に及ぶ権力闘争を勝ち抜き会長の座を獲得し
た池田大作氏は、大衆の組織化に天才的な手腕を発揮します。62年には会員数が公称300万世帯を突破しま
した。64年には池田会長は、宗門により法華講総講頭に任命されます。これは池田会長が創価学会を含む日蓮
正宗全ての講の最高の位に立ったことを意味します。
ここで日蓮正宗と信徒団体である法華講・創価学会の関係について整理します。日蓮正宗は厳格な中央集権制を
とります。総本山である大石寺が末寺の住職を任命するのです。他宗と異なり末寺の独立性は少なく住職の世襲
は基本的にはありません。また、出家した僧侶の育成も末寺ではなく総本山大石寺でおこないます(12才から
18才まで。その後末寺で修行)。末寺には代々檀家として数百から数千人程度の法華講がついています。法華
講にはそれぞれ**講とか##講という名前がつけられており、一応法華講連合会を組織していますがそれぞれ
異なる講として独立しあまり横の連絡はありません。法華講は寺院の維持には役立ったと思いますが、墓檀家と
揶揄されていたように、おおむね創価学会のような戦闘的な折伏活動は行っていませんでした。日蓮正宗本体と
法華講をあわせたよりもはるかに巨大となった創価学会も、立場的には講のひとつにすぎなかったわけです。日
蓮正宗の教義について口をはさむことはできませんでしたし、本尊の曼陀羅も独自に作ることはできず総本山大
石寺から下げ渡されるというかたちを取りました。
昭和50年代に入ると創価学会組織の腐敗が著しくなったように感じられます。象徴的なのが、静岡県富士宮市
での創価学会系墓園造成反対派リーダー傷害事件でした。創価学会系企業が造成していた墓園に対する反対運動
のリーダー宅に投石など執拗な嫌がらせが続けられ、ついに山口組系暴力団員が大型ブルドーザーで突っ込み、
日本刀を持って家の中に侵入。リーダーに切りつけ重傷を負わせたという事件です。この時は一命はとりとめた
ものの、このリーダーは数年後に死亡しました。創価学会が罪に問われることはありませんでしたが、なぜ暴力
団が墓園造成反対派リーダーを襲撃したのか創価学会に疑惑がもたれました。後の創宗戦争の際も、創価学会幹
部を同乗させた右翼の街宣車が大挙して総本山大石寺に押しかけたり、寺院に銃弾が撃ち込まれる事件が起こっ
ています。
先にも書きましたが創価学会は信徒団体にすぎず、教義の解釈や本尊の曼陀羅の下附は宗門の権能でした。とこ
ろが昭和52年になると創価学会は独自の教義を打ち出し、学会会館安置の本尊を独自に作るという挙に出まし
た。これを昭和52年路線といいます。創価学会の昭和52年路線は、学会版の経本の製造、模刻本尊の安置、
寺院否定論などのかたちを取って表れました。宗門から分かれ独自の在家仏教団体として独立する予兆ともい
えるものです。
池田会長に対する創価学会の個人崇拝は頂点に達しました。日蓮正宗においては信仰の正当性を示す血脈は代々
日蓮正宗総本山大石寺の管長一人に流れているとされています。信徒団体にすぎない創価学会の代々会長を崇拝
の対象にするのは教義逸脱といわれても仕方がありません。ただし会長本仏論は公然とは唱えられず、学会会館
に代々会長の写真を飾り本尊とともに拝むなどといった隠微なかたちをとりました。また、本来寺院の仕事であ
ったはずの彼岸供養なども創価学会が独自に行うようになりました。とりわけ本尊の模刻は、日蓮正宗では大不
敬・大謗法とされ絶対許されない行為でした。
日蓮の肖像を描いた者は皆狂い死にしていると言い伝えられていますし、写真やビデオに本尊の曼陀羅を撮影す
ることも厳しく禁じられています。信じていない人にはただの紙に思えますが、信者が本尊の曼陀羅を大切に扱
うことは異常に思えるほどです。信者の体験を集めた本によると、自宅が火事にあった際、親や子供より先に御
本尊様を守り、子供2人と老母が焼死してしまっても妻と次男が生き残ったのは御本尊様の功徳だと感謝してい
るほどです。創価学会が無断で紙幅の本尊を板本尊に彫刻して学会会館に安置したという事件は、宗門を震撼さ
せる大問題になりました。
ここに至って宗門内の若手僧侶が正信覚醒運動として創価学会の教義逸脱を正すという活動を始めました。ここ
で注意したいのは、当初の正信覚醒運動は、創価学会の解体を目指すものではなく、その教義逸脱を正すという
目的で始められたという点です。前の顕正会問題でも見られるように、宗門は教義上も巨大化した創価学会に引
きずられる傾向がありました。正信覚醒運動は創価学会の教義逸脱を正すとともに、宗門の改革運動でもありま
した。日興上人時代の日蓮正宗に回帰しようという復古運動の色彩がうかがえます。同時に宗門僧の執行範囲に
学会が食い込んできたために起こった衝突ともいえるでしょう。
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しかし、まだ宗派として独立する踏ん切りはつかず、世論も正信覚醒運動に同情的だったため形勢不利と見た創
価学会は、78年(昭和53年)「おわび登山」として池田会長以下2000人の学会幹部が大石寺に出向き教
義逸脱を謝罪し、翌79年池田大作氏が創価学会会長と法華講総講頭を辞任しました。会長辞任といっても、池
田大作氏は名誉会長として創価学会の実権を保持したままです。これで創価学会と宗門との関係は一応修復され
、細井日達管長は、正信会に対し創価学会への批判を禁止します。しかし、正信覚醒運動はさらに勢いづき反創
価学会運動は静まりませんでした。一度謗法化した団体は反省のポーズを見せたとしてももはや日蓮正宗とは認
めがたいという考えで、ここまでくると創価学会の解体を目指す運動に変質したといっていいでしょう。まがり
なりにも謝罪したことだし、宗門は群を抜いて巨大な信徒団体である創価学会との絶縁までは考えていませんで
した。あくまで創価学会との対決姿勢を変えない正信覚醒運動と宗門との関係は悪化します。
79年に細井日達管長が死去すると創価学会の巻き返しが始まります。若手のいわゆる活動家僧侶が中心の正信
覚醒運動に対し、新しく管長に就任した阿部日顕氏を中心に宗門内部でも主流派が憂宗護法会を結成し対峙しま
す。正信覚醒運動も正信会を結成し、組織の引き締めをはかりました。しかし、管長の座と宗務院を確保した宗
門により、80年には正信会系信徒による檀徒大会の中止命令が出されました。正信会は命令を無視し、120
00人を集め檀徒大会を決行。激烈な学会批判を行います。これに対し宗門は、5人の擯斥(ひんせき・クビに
すること)を含む僧侶201人の大量処分を行いました。これをきっかけに正信会僧侶の処分が相次ぎ、最終的
に178人もの僧侶が擯斥処分となります。
これは当時の宗門住職の3分の1にもあたる大量処分です。擯斥された僧侶は寺院の明け渡しを拒否。寺院につ
いた檀徒を巻き込むかたちで実に150寺以上が正信会として宗門から独立しました。宗門は、正信会に対し寺
院の明け渡し要求訴訟を起こします。これに対抗するように正信会側も阿部日顕氏の管長地位不存在確認の訴訟
を起こしました。この管長地位不存在確認提訴とは、正信会が日顕管長は血脈を受けていないニセ管長だと主張
するものです。また、創価学会に対しても自民党の一部と結びつくかたちで「創価学会の社会的不正を糺す会」
を発足させ、池田名誉会長の国会喚問を求め130万人の署名を集めるなど社会運動を展開しました。
阿部日顕氏は、前管長の死去の混乱に乗じて法主の座を簒奪したのだという正信会の主張は正しいと思われませ
ん。日蓮正宗では教学部長がつぎの管長になるという伝統があり、当時宗門の教学部長だった阿部日顕氏が管長
の座を引き継いだのは既定のものだったでしょう。正信覚醒運動も阿部日顕氏が管長の座を継いでしばらくは何
ら異議を差しはさみませんでした。内々でどういっていたかは分かりませんが、正信会が阿部日顕氏はニセ管長
だと唱えるのは、宗門との対立が激しくなってからです。また、阿部日顕管長が創価学会に買収されて正信会を
破門したとも主張しますが、実際には細井日達管長在命中から創価学会への批判を禁止しするなど、宗門の姿勢
は大きく創価学会に振れていました。
先にも書きましたが「血脈相承」は日蓮正宗のみを正流であるとする根拠であり、身延日蓮宗など他宗を邪教と
見なし攻撃するより所でもあります。この「血脈」が宗門から切れていると主張するということは、日蓮正宗の
正当性を自ら否定するに等しいものです。また、大石寺歴代管長は「血脈相承」によりただ一人日蓮の法魂を受
け継ぎ信仰の正当性を保持していると見なされているのですから、唯授一人の血脈相承者に対するリコールなど
には違和感を感じます。
もちろん民主主義は現代社会の規範となるものですが、他宗は全て邪教だとして排撃し否定する日蓮正宗には民
主主義一般はそぐわないように思えます。日蓮正宗では日蓮による身延相承書や二箇相承書により「血脈相承」
は証明されています(偽書の説もあります)。正信会は、法主が腐敗堕落した際は正しく信仰を守っている大衆
に血脈が流れるという「大衆血脈論」を唱えました。しかし、この「大衆血脈論」には日蓮による文証がないの
が苦しいところです。
創価学会の教義逸脱を正すという目的で始められた正信覚醒運動が、矛先を創価学会から宗門に変え日蓮正宗の
みを正流だとする根本教義である「血脈相承」の否定に至ったわけです。これには正信会についた檀徒にも動揺
が広がりました。相当の脱落者が出たようです。こうなったら新しい法主を立て新宗派として独立するほかない
ように思えるのですが、そうはいきませんでした。日蓮正宗信仰の柱である「血脈相承」を否定しても、『戒壇
の大御本尊』を否定できなかったのです。本尊の曼陀羅は『戒壇の大御本尊』とつながっていないと威力はない
とされています。新たに立宗して大石寺の『戒壇の大御本尊』を否定したら、正信会信徒が題目をあげている本
尊の曼陀羅をも否定することになってしまいます。
現在、正信会信徒は3万人程度と言われています。自分たちこそ本流と主張し法華講を名乗っているので、宗門
法華講とまぎらわしく困ってしまいます。99年現在機関紙などを読んでも、以前のような戦闘性はあまり感じ
られません。また、創価学会よりも宗門に対する批判が多くなっています。新規信者を獲得するための折伏はあ
まりせず、子供に信仰を受け継がせるという法燈相続を重視しているようです。これは本尊の曼陀羅を書写でき
るのは血脈を相承した法主のみとされているので、新しい法主を立てたわけではない正信会は入信者がいても本
尊の曼陀羅を下附する事ができないからでしょう。したがって信徒数はジリ貧の傾向にあるようです。しかし、
信者の子供を出家させ独自に正信会僧侶にするこということはしています。
もともと正信会は宗門や創価学会のような中央集権組織ではなく、顕正会のような戦闘組織でもありません。活
動寺院の連合体のような組織でした。それぞれの寺院による教義解釈の違いもあらわれているようです。公然と
は唱えられませんが、どうも宗門復帰を期待している向きもあるようです。宗門の一般信徒には正信会は評判は
悪くありません。宗門が創価学会を破門した現在、宗門復帰の垣根は低くなったように思えます。しかし一方で
、宗門は創価学会の影響を受けた異流義に毒されているとも主張しています。
それでは宗門は謗法(他宗教)と化したと主張しているのかといえば、そうともいえず、富士門流の伝統法義を
守れといったりします。日顕管長の血脈相承を否定して裁判まで起こしたのですから、日顕管長が在命のあいだ
に復帰することは難しいでしょう。また管長が代替わりしたとしても、それぞれの寺院が今までの謗法を詫びて
帰伏するというかたちをとらなければ宗門復帰はできないように思えます。復帰したとしても正信会独自に出家
した僧侶の扱いはどうするかなど問題は多いようです。
信仰心というものは暴力によって変えさせることはできません。殴っても殺して拷問にかけても無駄です。弱い
信仰心の持ち主ならば暴力で屈服させることができるため、権力者は宗教弾圧に暴力を用いてきました。しか
しそれは常に強い信仰心の持ち主によってはねかえされてきたのです。江戸時代のキリシタンや日蓮宗不受不施
派などがよい例でしょう。岡山県の少数宗派にすぎない不受不施派が、江戸幕府の寺壇制度のもとで300年間
生き延びたことには驚かされます。
一般に宗教的確信者ほど他人の信仰には無理解です。自宗以外の宗教を全て邪教として排撃する日蓮正宗系宗教
の信者であるならばなおのことです。自己の信仰が絶対的に正しいと確信することは、他の全ての信仰が絶対的
に間違っていると信じることでもあります。ですから、間違った信仰を持っている人間に正しい信仰を教えてや
れば、すぐにその誤った信仰を捨てて帰伏すると信じ込みます。実際に信仰が浅い者に対しては折伏は有効で、
信者を獲得することができます。しかし、異なる信仰を持つ宗教的確信者同士がぶつかった場合はそうはいきま
せん。結局相手を殺しつくすか、100年戦争になるか、相手の信仰を認め合うしか方法はありません。現代の
日本で敵対宗派を皆殺しする事は不可能です。創宗戦争は、100年戦争になるか、相手の信仰を認め合うかの
2つの道しかありません。
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エネルギーの浪費であることに気がつきます。しかし、他宗教を排撃し(謗法厳戒)法華経の国教化を目指す(
広宣流布)のが日蓮正宗の根本教義です。創価学会と宗門は、お互いを最悪の謗法と認識しているのですから、
和解はあり得ません。創宗戦争は徐々に沈静化しながらも、100年戦争化して今後相当長期間続くでしょう。
あらゆる信仰の腐敗は他思想・他宗教の自由の圧殺からはじまります。邪教のレッテルを貼れば思想・信仰の自
由を奪ってよいという考えは、非国民のレッテルさえ貼れば思想・信仰の自由を奪ってよいというファシズムの
思想と何ら変わるところはありません。他宗教を排撃し、法華経の国教化を目指す日蓮正宗の根本教義には、こ
の腐敗の芽が潜んでいるように思えます。戦闘的に布教を進める宗派が教義面で他宗教を論難することは当然で
す。また、日常的に暴力や脅迫を用いて折伏を進めている訳ではないのですから、日蓮正宗系宗派が一部の過激
派やかつてのキリスト教のように腐敗の淵にどっぷりと身を沈めているわけではありません。しかし、分裂した
一方に謗法のレッテルを貼れば、非合法な汚い手段も許されるという創価学会を先頭とする日蓮正宗系宗派の退
廃の元をたどれば、日蓮正宗系宗派の独善的で偏狭な他宗教排撃路線にたどり着くように思えるのです。
また、強固な信仰心の持ち主は、なにも日蓮正宗系宗派のみにいるわけではありません。天理教にも、真言宗に
も、稲荷信仰にも、オウム真理教にも強固な信仰心の持ち主は存在するはずです。現実問題として現在の日本で
は、かつてのキリスト教徒のような他宗教の信者を絶滅させてまでの布教はできません。日蓮正宗系宗派最大の
創価学会ですら、会員数は日本の人口の5パーセント程度にすぎません。法華経の国教化を目指す広宣流布の運
動は、強固な信仰心の持つ他宗教信者らによってはねかえされるでしょう。この「強固な信仰心の持つ他宗教信
者ら」とは、信教の自由などの理念を信ずる民主主義の信奉者も含まれます。
ですから、公明党が政権に加わることが広宣流布であるという創価学会の戦略や、細井日達前管長による日本の
人口の三分の一が日蓮正宗となった状態を広宣流布の達成とするとの規定は、事実上法華経の国教化が不可能で
あると認め、日本人全員を信者にするという言葉通りの広宣流布路線の放棄として評価できます。これに反発し
て分裂した顕正会は、他思想・他宗教の自由の圧殺を一定程度路線化したより危険な宗派といえるでしょう。今
後、顕正会が組織を伸ばすならば、その強引な折伏と暴力性は社会問題になることが予想されます。
他宗教排撃と法華経の国教化に加え、血脈相承にもとずく中央集権制が日蓮正宗の3本柱です。これは相互に重
複し密接に絡み合った不可分の3本柱です。他宗教排撃(謗法厳戒)と法華経の国教化(広宣流布)は堅持する
が、中央集権制(血脈相承)を取りやめるということは不可能です。日蓮正宗はそれなりに完成された教義を持
っているため、そのようなことを行ったら教義のすべてが崩壊してしまいます。正信会の宗門に対する組織運営
上の非難は、管長独裁ともいえる中央集権制に対する非難に行きつきますが、他宗教排撃(謗法厳戒)と法華経
の国教化(広宣流布)を弱めなければ中央集権制(血脈相承)の放棄や弱化は不可能でしょう。謗法厳戒、広宣
流布、血脈相承を放棄した日蓮正宗は、どのような本尊を拝んでいたとしてももはや日蓮正宗ではありません。
もはや活力を失った日蓮宗の一小宗派にすぎないでしょう。ここに正信会の自家撞着があるように思えます。お
そらく正信会は徐々に縮小しながら日蓮正宗の小分派として続き、一部は宗門に吸収されるかもしれません。
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いずれ訪れるであろう池田名誉会長の死去とともに、創価学会は分裂し衰退に向かうだろうと予想する人がいま
す。池田名誉会長はあらゆる独裁的権力者と同様に、組織に自らの地位を危うくするようなナンバー2を置いて
いません。宗門のように教学部長が次期管長になるというような権力継承のシステムがないため、池田名誉会長
の死去は創価学会に相当な混乱を引き起こすでしょう。いくつかの小グループの分離・離脱はあり得ます。
しかし、創価学会の中枢を占める3000人ともいわれる宗教官僚は極めて優秀であり、また、強力です。創価
学会機関紙である聖教新聞の専従者など周辺企業や公明党各級議員を含めれば10000人以上が宗教労働者と
して創価学会に職を得ていると思われます。創価学会は官僚組織であり、同時に一大宗教産業ともいえるのです
。互助組織としての機能から創価学会を離れる一般会員は少数でしょう。戸田2代会長死去後、池田3代会長が
立つまでの3年間に創価学会を二つに割るような事態が起こらなかったように、今回も組織を維持するでしょう
。創価学会が官僚組織として完備している点から見て、おそらく次の独裁的権力者の座には宗教官僚出身者が着
くことになると予想されます。
今の日本では、田舎から都会に出て中小企業で肉体労働に従事しているというような下層中産階級は少なくなり
ました。創価学会が文化団体に衣替えしたのは、このような生活水準の向上など社会構成の変動に対応したもの
でした。しかし「歌って踊って楽しい創価学会」では、組織の戦闘性の維持は難しいでしょう。今後創価学会は
、組織は維持しつつも徐々に戦闘性を失い、また、支持階層の減少とともに会員数もわずかずつ減少すると思わ
れます。現在の労働組合と同様の道をたどるといえば分かりやすいでしょうか。これからの創価学会は戦闘的な
折伏を展開するのではなく、組織の維持が優先されるでしょう。
日蓮正宗宗門は、戦前のような小教団に戻ることはないでしょう。創価学会の手法を吸収し妙観講を中心に強力
な折伏運動を行っています。現在約10万人の法華講員を3年後の2002年までに30万人に増やし、総本山
大石寺に総登山するという計画を発表しました。この期限とノルマを定め折伏してゆくというのは、まさに創価
学会の手法です。3年で信者を三倍に増やすというのは難しいとしても、完成された教義を持ち中枢となる組織
が強固な宗門は、顕正会程度の中規模教団には成長し得ると思われます。しかし、終戦後の価値観の崩壊や経済
成長に伴う都市における下層中産階級の集積といった条件がないため、かつての創価学会のような爆発的な成長
は望めません。
創価学会と日蓮正宗の成長は、戦後日本の一定の条件が生み出した社会現象でした。もし日蓮正宗から創価学会
が誕生しなかったとしても、同様の宗教団体が急成長していたでしょう。組織には自己を保存しようとする本能
があります。創価学会は社会の構成が変化するとしても、持ち前の柔軟性を発揮しそれなりに適応してゆくで
しょう。創価学会が崩壊し急速に消滅するとは考えられません。しかし、理想と活力に満ちた創価学会と日蓮正
宗の急成長というかつての栄華が再び訪れることは最早ないでしょう。
創価学会発行の月刊誌『第三文明』平成十二年二月号に、「感動再録・他宗の僧侶も入会する時代―真実の宗
教を求めて―元身延派日蓮宗高橋一淳さんの場合」という記事が載った。
実名と顔写真が載っている高橋一淳なる人物は、記事のなかでは北海道札幌市内の身延派日蓮宗住職(70)とな
っている。
創価学会は、これに先立つ機関誌「聖教新聞」三月二十六日付記事で、第四十四回本部幹部会で秋谷栄之助会
長が、「昭和三十年の小樽問答に出席していた身延派の僧侶が、学会は正しいと認め、青年部の折伏で入会した
との報告がありました」と語り、同紙四月十八日付コラム「名字の言」欄で、「さきごろ北海道で、日蓮宗僧侶
が入会した」と書き、同じく四月二十一日付記事で、野村繁敏副会長(北海道書記長)も同様のことを話してい
る。
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さらに調査したところ、本人が特定できたうえ、面会することができ、直接に事情をきくことができた。
本人によると、自分は創価学会には入っていない、謗法払いはしていない、『第三文明』の顔写真は自分にまち
がいないが、その後学会から一切連絡はない、ということである。
高橋一淳氏が入会したという平成十二年一月二日は、日蓮宗と創価学会が「問答」したという小樽問答から四十
五年目で池田大作名誉会長の誕生日、という意味がある。こういう節目に邪教身延派の僧侶が入会したことに偉
大な意義がある、創価学会はすばらしい、といいたいのであろう。
この五年前の小樽問答四十周年の折にも「聖教新聞」平成七年三月十一日付社説で、日蓮宗側講師の長谷川義
一は顕本法華宗の僧侶、と揶揄した。この点を石川教張師は、『日蓮宗の近現代』で批判し、対応している。
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ここらでアク禁?
でもアク禁をすると関西方面イオネットやDTIのひと書き込めないしなぁ・・
防非止悪・広宣流布をめざす教化の現場では、ひとつひとつの事実を確認し、批判すべきは批判する勇気が求め
られているのではないか、祖願|お祖師さまの誓願|達成のために。
創価学会発行雑誌『第三文明』に「創価学会に入信した日蓮宗住職高橋一淳」と記載された内容についての現地
調査報告。
調査日時 第一回 平成十二年 十月 十日(火)― 十一日(水)
第二回 十二月十一日(月)― 十二日(火)
調査場所 北海道札幌市
調査人員 現宗研主任 影山教俊
嘱託 伊藤立教
所員 作田光照
調査協力 光明寺住職 田中文教
調査事情 『第三文明』平成十二年六月号に、小樽問答から四十五年目の今年一月、日蓮宗僧侶として参加し
て日蓮
宗敗北を感じていた高橋一淳なる者が、友人葬に感激して創価学会に入会した、と顔写真入りで紹介されている
。宗務院と宗務所の調査によれば、昭和四十九年度牒、昭和五十一年結社教導職就任、昭和五十八年国法違背
の非行あり昭和五十九年結社解散・僧籍削除となっており、小樽問答当時は日蓮宗僧侶ではないばかりか、『第
三文明』記事と年齢などで相違が多い。行方不明のため、本人確認と内容確認のため、活動地の札幌市で調査し
た。
調査内容 本人の現住所が特定でき、直接面会した。創価学会には入っていない、記事の顔写真と姓名は間違い
ない、以後は創価学会から連絡なし、との証言を得た。
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